Mix UPトーク

Mix UPトーク vol.3

話し相手 フラワーアーティスト 田中孝幸さん

2025.09.05(金)

  • #花とは
  • #併せ
  • #デジタルとアナログの関係性

みんなで“わいわい”と集まり、未来の“わくわく”につなげるMixUPトーク。毎回異なるテーマや演出で、多様なコラボレーションのきっかけになる実験的な取り組みに挑戦しています。

3回目は、“面白がる才能”を発揮して花の媒体性を拡張し発信するフラワーアーティスト・クリエイティブディレクターの田中孝幸さんをお迎えしました。台風の影響にも関わらず集まった参加者の皆さんのお話を引き出す田中さんの存在で、トークが深く広く長く展開した一夜となりました。

田中 孝幸(花司/flower artist/creative director)
大学卒業後、出版社勤務を経て独学で花の世界へ。花卸市場勤務時にベルギーのアーティスト:ダニエル・オストと出会い、世界遺産などの展示で協働後、独立。花・植物などの自然要素を表現ツールの中心に据え、地脈と文脈を重視したコンセプチャルな作品は多方面で好評を得る。作品制作、空間デザイン、プランニング&クリエイティブディレクションなどを中心に、国内外企業とのコラボレーション、地方自治体プロジェクト、雑誌連載、対談など多岐に活躍。「いわゆる花」の概念を独自にアップデートし続けている。代表作には、東京の様々な街を舞台に花を生け、山田詠美や川上弘美など12人の女性作家からの寄稿文と共に、独自の花世界を紡ぎ出した雑誌「婦人画報」での巻頭連載『東京百花』。人類学者で京都大学前総長の山極壽一、劇作家の平田オリザ、映画監督・大森立嗣などとの対談イベント「work magic NARA」などがある。近年では、BMWとのコミッションワークで東京表参道交差点に「葛飾北斎」をオマージュした2ヶ月間のインスタレーション「Homage to HOKUSAI」を創出。TAKAYUKI TANAKA

あなたにとって、花とはなんですか?

これは、冒頭に司会の大日本印刷(DNP)高林から会場の皆さんに向けた質問です。

まずは詳しく話せば1週間ほどかかるという、田中さんと花との出会いから始まります。雑誌を作りたい、と狭き門をくぐり抜け新卒で出版社に入社。希望する編集部に配属されたにも関わらず、上司と喧嘩して4ヶ月で退社。あらゆる方面からお叱りや惜しまれつつも、これから自分が何をして食べていきたいのか改めて考えてみたところ、「発信したい自分」が見つかりました。手始めに“自分のストーリー”を持つための表現手段として写真でも絵でも文字でもない、自分が惹かれる新たなツールを探します。そこで敢えていつもと逆の行動をしてみたら、書店でそれまで気にもしなかった園芸の雑誌が目にとまり、最寄りの花屋でバイトでもしようという心持ちに。意識の上でも生活でも、当時の田中さんにとって、花はかなり縁遠いものでした。

自分で探す、を楽しむ市場時代

バラとカーネーションの違いもわからない田中さんが急に花屋で仕事ができるはずもなく、力仕事なら、とバイトを断った方から花卸売市場の仲卸を紹介されます。夜の11時に指定された砧公園の市場に行くと、「勤務地はここではなく本部だ」と言われ、訳もわからずいきなり知らない軽トラックを自ら運転し、羽田空港近くの市場へ夜中の2時に向かわされた初日。ここで、欲しかった“発信するための強いストーリー”が誕生し、花との人生が始まります。

何も知らずに始めた市場でのバイト生活は、約2年にわたります。太田市場は国内では最大級、世界でもビッグ3に入るほどの花き市場で、取り扱う植物はもちろん、国内外から多種多彩な職業の人たちが出入りしていました。夜11時から明け方まで場内で台車を引き続けるなど、かなりの肉体労働に従事します。そこは頭でっかちでは仕事にならず、知らなかったらものが言えない世界でした。花や業界に関して知識や情報が全く無い中、自分で一つ一つ体験し探す毎日が妙に気持ちよかった、と話す田中さん。独学を深めながら人との出会いも広がって、花をツールとして何かしたい、と日々考えていました。

市場から作品へ

やがてプロとして自分の名前で作品を発表します。コロナ下では「千夜一花」と称して1000日間毎日欠かさず花を入れ続けたら自分に何が起こるのか、という素朴な疑問や(何も起こらなかったらしい)、古美術と花を合わせる個展『古器と併花』では、時代の違う器に会場の日本橋に向かう途中で見つけた野の花をいけるなど、即興性を楽しむ表現や大きなプロジェクトベースの空間構成などを次々と手がけていきます。

【個展 Solo exhibition 『古器と併花』】

  • antiques and flowers
  • Date:May27~Jun18 2023
  • @TS Gallery HIgashi Nihonbashi TOKYO

面白がってくれる人がいたら、生きていける

グーグルが4年に1回開催する大規模イベントを東京で開催するにあたり、象徴的なインスタレーションを、という依頼がありました。当時開業した麻布台ヒルズの最上階に世界中から集まる関係者に向けて、花を介して日本の想い出を提供するべく、窓から見える東京の夜空に浮かぶ月でのお月見を考えましたが、あいにくイベント当日は新月、月は出ず。日本では古くから秋に月を愛でる風習があり、また水辺やお酒に映した月を人々が娯しむ文化が存在します。そこで草花や花器や水、光と影で月光を空間全体に浮かび上がらせ、東京上空の室内にいながら季節を感じるお月見を提案しました。日本古来の文化に根差しつつ同時代性を取り込んだ大胆で斬新な表現は、異文化を有する多くの人たちが刺激し合い和み楽しむ場となりました。

花を好きだからこそ花を使わずに花を浮かび上がらせる、という禅問答のようなアイデアを企んだり、一見するとつながらながらなそうなものをつないでみたり、ひとりよがりにならず面白がってくれる人がいたら生きていける、と田中さん。花や人に対するこの視座や眼差しを言葉にすると「併せる」こと。

【 NEW MOON : commission work with Google 】

  • Art & Installation
  • @Google『BEYOND』
  • Date:Oct.2,2024

併せる、の達人

ここからMix UPトークのコンセプトや会場のムードを汲み取りながら、田中さんと参加者との会話が発展していきます。

参加者:作品の写真がとても素晴らしいのですが、カメラマンは同じ方ですか?

田中さん:決めていません。ほぼ毎回違います。そんな風に見えますか?

参加者:世界観が統一されていて、毎回決まった方にお願いしているのかな、と。

田中さん:それは嬉しいな。カメラマンが作品に反応して自由に撮影しているのが、結果的に「併せ」につながっているのかもしれません。自分でも意識したことがないので、面白い視点ですね。

DNP高林:たまたま表参道で見かけた屋外作品に惹きつけられたら、それが田中さんの作品だったことがあって。

田中さん:それは嬉しい。

DNP高林:DNPと田中さんの出会いのきっかけは、2018年からスタートした都内各所で開催しているデザインイベントでした。田中さんを紹介いただいて、さて何をやろうか、というところから関係者が集まって作り上げていった作品ですよね。屋外設置された複数の大きな水槽の中に閉じ込めた花があって、そばを人が通るとセンサーで水中に空気が送り込まれて泡が出る、というインタラクティブな作品で。

田中さん:回遊性のある場所で美しい花を水中に閉じ込める、いわば残酷な感じがするけど、人が通るとそれに反応して水中に空気が送り込まれて、身体性というか相互の命を感覚的に感じる体験を作品化したもので。DNPが取り組んでいる最新技術のセンサリングと身体性を掛け合わせた美しさに挑戦したり、想定外に展示3日目で水の濁りが消えて綺麗だったこととか、やってみると新しい発見があった印象的な作品でした。

【 陰陽花 : One breath of flowers in the yin and yang 】

  • @TENOHA Daikanyama
  • Oct 19 - 28, 2018(DESIGNART TOKYO 2018)
  • <technical collaboration with DNP group (大日本印刷グループ)>

人に質問されることで、普段考えないことを考える

参加者:田中さんはどうやって花を選んでいますか?例えば色とか、花に付随したメッセージとかストーリー性とか、何か選ぶ際の基準はありますか?

田中さん:いま話をしながら考えていますが、最初に花の種類や色で決めることは無いですね。あるとすれば春夏秋冬、入り口はいつも自然に紐付いているかもしれません。今、どんな草花があるかな?とか。ところで、花は好きですか?

参加者:はい。花は生活に欠かせないかもしれません。自分以外に大事にしないといけないものと共存する感覚を持っています。部屋の花は、できるだけ長く綺麗でいてほしいとか。

田中さん:いいですね。そういえば、友人の映画監督に言われたけど、田中は静的なものが好きなんだね、と言われたことがあって。映画は動的コンテンツということらしくて。花は生き物だけど、言葉を持たないし。確かに、推しが強いものは苦手です。皆さんが感じているように、花は何も言わないけど、空間や沈黙を分かち合える存在です。

田中さん:今日は僕の独断と偏見でお話ししていますが、花ってなんでもいいんですよ。自分の仕事には、定型がありません。花の仕事で生きていこうと思うと、花屋や冠婚葬祭や商業空間に花をいけに行く、教室でレッスンをやることが多いのですが、自分はどれもやっていないし、出来ない。ワークショップを依頼されると、参加者からは先生と呼ばれて、アドバイスや具体的な指導をしてほしいと言われます。でも、自分としては“花はなんでもあり”と思っています。手直しをする必要を感じない。いいな、って自分が思えばそれがいい。その人が好き、とか、いい、と思うものが一番。皆さんお話されているように、それぞれが自由に花と付き合えばいいと思ってます。

最近、愛してますか?

参加者:全然違う話をしますが、仕事で良いアイデアを出すよう迫られるのですが、アドバイスはありますか?

田中さん:なんだろう、僕は全て好きからしか始まらない、「自分の好き」に繋げてしまう。もしもこの場で一緒に何か考えるとしたら、横目基準ではなく自分の好きや他人の好きがエネルギーになると思います。尊敬している人に言われた言葉ですが、「先に愛せ」と。見返りを求めずに先に自分から愛する、もちろん愛し損もあるけれど。最近、皆さんは愛してますか?

参加者:自分はDNPの社内副業に手を挙げて、近隣地域の広い緑地で植生調査をしています。もともと生き物が好きで、とても楽しいです。フィールドワークを重ね、どこにどんな植物があるのか細かくマーキングして抜かれないように大切にしていたのですが、その地域に除草作業が入ることになり、かなり丁寧に説明したけど除草され、もうすぐ種が成熟して次世代につながるはずだったのに、とガックリしたり。来年こそは!と思っています。自分の通常業務は全く違う領域ですが、なんとか自分から好きな仕事に辿り着きました。

田中さん:愛していますね、先に愛していたら飽きることないですよね。DNPの業務領域は広くて、社内で愛を叫べば誰かに通じる、素晴らしい企業ですね(笑)

デジタルとアナログ

参加者:自分は今までずっとパソコンの中で仕事をしてきて、最近その対局にある生(なま)で生まれるものを美しいな、と感じています。生き物の花を扱ってきた人がこれからのデジタルをどう捉えていくのか、興味があります。

田中さん:面白い、今日はその話をしたかったです。花は言葉を持たず雄弁ではありません。一方で人間は、テクノロジーや文明として言葉を作り使いますが、人類学の世界では、人間がチンパンジーとの共通祖先からわかれて人間だけの進化の道を歩み始めたのは700万年前とされてます。
そして現代のような言葉を話し始めたのは7万年前と言われています。文字が出て来たのは5000年ほど前と言われている。つまり人類はその進化のほとんどを言葉や文字なしで進んで来た。
言葉や文字ですら実はまだ新しい道具なのに、インターネットは誕生してまだ40年です。僕らが生きる今の世界はどんどん道具や技術だけがすごいスピードで加速している気がします。人間の身体性が次々と加速して進化する技術に追いついてないからこそ、これから生のものへの揺り戻しが来ると思っています。便利なデジタル/テクノロジーと人間の共存はどんどん進んでいく。そしてデジタルに人が馴染んでいくのと同じぐらい、言葉や記号、意味を持たないものに惹かれていくと思います。デジタルを楽しむために、同じぐらいの身体感覚が必要になってくる。

参加者:とても良くわかります。その関係性を美しいと感じるから、身体性をどうやってデジタルの世界に持ち込むかを考えています。

田中さん:そう、メタバースはデジタルにおける創造性の世界で面白い。小説を例に挙げると、印刷技術があったから明治の日本で文豪は生まれ、DNPは印刷技術で人類の想像力に貢献してきた会社ですよね。また、創造性は現実逃避にも及んでいて、表現活動だけでなく思想や宗教も生み出しました。人は仮想の世界を作って現実を生きやすくしてきたけれど、メタバースとこれまでが決定的に違うのは、二つの世界を自由に往来できるようになったこと。現時点で人間の脳は反応できるけど、それ以外の部分が追いついていない。この矛盾を両立できる方法を最近思いついたのですが、それは共食。デジタルと共存するために、人と一緒にご飯を食べ共に音楽を聞き、想像力の身体性=シンパシーを意識的に大事にしながら暮らしに取り入れたらいいと思っています。人類がこれまで長い時間をかけて培ってきた、言葉ではない、例えば太古の時代にリズムを共鳴させながら生きてきたように。

※参考文献:山崎 正和著『リズムの哲学ノート』中央公論新社

参加者:ソフトウェアの開発をしており、仕事中は記号の世界で生きています。デジタルは世界を席巻していますが、それだけでは満たされない気持ちになることがあります。デジタルとの相性がいい論理的で言語中心の欧米と、非言語的で情緒や感覚に共鳴しやすい日本文化。全てを己の意識下に置く欧米に比べて、これからはむしろ日本の存在感や伸び代を感じます。

田中さん:本当にその通りだと思います。新約聖書には「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」という有名な一節があります。一方で日本では「柿食えば」という言葉から、人はさまざまな秋を思い浮かべることができる。花で言うと、日本ではたった1輪でも成立しますが、西洋ではフラワーアレンジメントで隙間を埋めることが一般的です。むしろ日本の風土は高度に非言語化されていて、人類がこれまで経験してきた原始的な身体性に近いのかもしれません。花はやがて枯れます。そうしたことを前提に、デジタルとアナログの関係性を見つめ直してみたいです、結論を出さずとも。

田中さんにとって、花とはなんですか?

田中さん:この1時間半で自分が感じたことは、花とは発見である。花はいい、季節や美しさの中でいつも発見がある、そして発見できる感覚を持っている自分がいる限り、飽きることはありません。さて、終わりの時間も来たし、みんなで飲みに行きましょうか?

参加者全員による対話中心の「併せ」となった今回のMix UPトークでした。

(文・鈴木 潤子)

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